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les feuilles

ルボア卒業生AMPP認定マスター/メディカル・フィトテラピストによるフィトテラピーな毎日

『Face to Face』

今回は、ある香りにまつわる、ごく私的な記憶のお話。

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数年前、私は香水の模倣・製作を学ぶため、しばらくのあいだパリの17区に住んでいました。最寄の地下鉄駅から徒歩3分。住居の大きな木の扉を開けると、右手に見えるのは凱旋門越しのエッフェル塔。オー!シャンゼリゼはすぐそこ。管理人さんはとっても親切で綺麗好き。地上階なのにセキュリティもばっちり。知人のご厚意で、渡仏7日目に入居が決まった「奇跡」の好物件でした。


一人暮らしにはもったいないくらい広い部屋。IKEAで揃えられたモノトーンの家具の中にひとつだけ、ユニオンジャック柄の湯たんぽ(大家さんはイギリスの方でした)。高い天井と、昔からささやかに憧れていたロフトベッド。上層階から漏れ聞こえる赤ちゃんの愛らしい声。古い木の床を鳴らす足音。


そこで毎日簡単な自炊をして、たくさんの香りを嗅いでそれらを言葉にし、疲れたら眠る・・・。


元々忘れるのが早く、加えて現地で撮った画像データのほとんどが帰国後に消失してしまったこともあって、渡仏時の暮らしを思い返す機会はほとんど無かったのですが、先日、ある香りを嗅いだ途端、当時の時空間がありありと蘇りました。

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アルゼンチンの香水ブランド「FUEGUIA 1833」の東京店で出逢った、《Darwin》という名の香り。


なぜ、《Darwin》が私に時間旅行をさせたのか。その理由は、香水の主となる香り、「シダーウッド」にありました。


実は、私が香水学校の修了課題として製作した香水も「シダーウッド」がメインでした。
ただ、私の理想と、実際に出来上がった作品とはかなり距離があって、試行錯誤したものの、最後までその間隔は埋められず。授業では「おもしろい香り」と評してもらいましたが、内心、本来の意図とはちょっと違うのに・・・と思っていました。納得がいかなかったことが《625》という作品名にも表れています(提出日をラベリングしただけ)。

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香水学校の初めの授業のとき、「五感はつながっている」と教わりました。色を用いて香りを視覚的に分類する方法を前回の記事で少しご紹介しましたが、私にとって色と同じくらい、香りと結びつく感覚があります。それは、聴覚。


幼少期から「気持ちの上がる踊れる曲」(例えば、初期のMJ、ワルツ、テクノなど)をたくさん聴いて育ったからか、今でもバラードやマイナーコードの曲を能動的に聴く習慣のない私。Walkmanに入っている曲は、ほぼダンスミュージック。


留学当時、隣国へ旅をしに、もしくは遊びに来てくれた人たちを迎えにシャルル=ド=ゴール空港へと向かうバスの中で決まって聴いていたのも、フレンチ・エレクトロの先鋭、Daft Punkのライヴアルバム「Alive」。曲と曲とがグラデーションのように面面とつながって、市内から郊外へと景色が徐々に変わっていく中を疾走するにはぴったりのBGMでした。


そんな小気味良い流れの中に、Popなのにちょっとunhappyな、過去を後悔しているような歌詞とメロディの、異質な(と私は感じた)曲が。珍しく私はその「Face to Face」という曲がとても気になって、イントロに差しかかると必ず反応して注意深く聴いていました。

実は、その年のパリは60年ぶりの大冷夏といわれ、旅行シーズンとされる6月に入っても空が厚い雲に覆われたままの日が続いていました。その曲から受けた印象は、曇天のパリにオーバーラップ。


実際のところ、《625》は感傷的になったり、曇天を想わせるような香りではないのです。それなのに、蓋を開けて嗅いでみると、今でも当時感じた肌寒さや、それゆえの心許なさが瓶からあふれてきます(少なくとも、私にはそう感じられます)。今なら香りに「Face to Face」と名付けるかもしれません。

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Darwin》に話を戻しましょう。
驚くことにこの香りは、当時私の頭の中で描いた「理想の香り」とほぼ重なったのです。これを運命と言わずして何と言う!

店員さんがご厚意でショップカードに《Darwin》を吹きかけて手渡してくださり、それを私は手帳の間にそっとしまって持ち帰りました。後日、香りを嗅ぎ直した時、私の頭の中には、「豊かで静謐な部屋」や「灰色の夏空」とは違ったイメージが浮かんできたのでした。

<つづく>